【小説】異説・桃太郎

むかしむかし、あるところに、心優しいお爺さんとお婆さんがが住んでいました。ある晴れた朝、お爺さんは山へ芝刈りに、お婆さんは川へ洗濯に行きました。お婆さんが川で洗濯をしていると、上流からとても大きな桃が一つ、どんぶらこっこどんぶらこっこと流れてきました。「まあ、なんて大きな桃でしょう！」とお婆さんは喜んでそれを家に持ち帰り、お爺さんと一緒に割ってみると、中から元気な男の子が飛び出してきました。二人には子供がなかったので、その子を「桃太郎」と名付け、大切に育てました。

時が流れ、桃太郎は立派な若者に育ちました。ある年、近くの鬼ヶ島に棲む鬼たちが、村に来ては悪さをし、金銀や宝物を奪っていくようになりました。困り果てた村人たちを見て、桃太郎は「自分が鬼退治に行って、村の平和を取り戻します」と宣言しました。すると、お婆さんは顔を真っ白にして「あなたまで失われたら、私たちはどうなってしまうというのですか！桃太郎、行かないでおくれ！」と彼の袖を引き、涙ながらに引き留めようとしました。しかし、お爺さんは黙って桃太郎の腕を掴み、力強く頷きました。「見事だ、桃太郎。お前は我々の子として、最高の勇気を見せてくれた。行ってこい、村の誇りとなってくれ」と彼を褒め称え、戦の場へ送り出す決意を固めました。

お爺さんは奥の倉から、代々伝わる立派な鎧と刀を取り出し、お婆さんは渋々ながらも、日本一のきび団子を桃太郎のために作りました。お爺さんの激励と、お婆さんの不安な眼差しを受け、桃太郎は家を後にしました。鬼ヶ島へ渡る道すがら、桃太郎は一匹の犬に出会いました。「きび団子を一つくれれば、お主の家来になろう」と犬は言い、桃太郎は団子を与えて仲間にしました。さらに進むと、一匹の猿が現れ、同じく団子と引き換えに家来になりました。そして、道中で一羽の鳩が傷ついているのを見つけました。桃太郎は優しく手当てをし、きび団子の一部を与えると、鳩は感謝の気持ちを示し、桃太郎一行に加わることを望みました。鳩は上空からの情報をもたらす貴重な仲間となったのです。

一行は固い友情で結ばれ、鬼ヶ島へ上陸しました。鳩が空から城の弱点を伝え、犬と猿が地を駆け、桃太郎は先頭に立って城門を破り、中へとなだれ込みました。桃太郎は皆を導き、犬は噛み付き、猿は引き裂き、鳩はその鋭い目で鬼の動きを捉え、桃太郎に知らせました。ついに、桃太郎は鬼の大将の前に立ちました。桃太郎は刀を振りかざし、鬼の大将のど真ん中に突き刺しました。鬼は倒れ、城内からは勝利の歓声が上がりました。しかし、その歓声が最高潮に達した瞬間、桃太郎の顔から血の気が引き、彼は苦しみだしました。犬も猿も、そして空を飛んでいた鳩も、甲高い悲鳴を上げると、もがき苦しみながら次々と息絶えていきました。彼らは鬼を倒した直後から、まるで自分たちの存在理由を失ったかのように、体の内側から崩れ始めていたのです。桃太郎は最後の力を振り絞り、お爺さんの誇らしい顔とお婆さんの心配そうな顔を思い浮かべようとしましたが、その瞳から光が消え、やがて彼の体も静かに動かなくなりました。